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京都地方裁判所 昭和30年(ワ)776号 判決

原告 藤重初治郎 外一名

被告 日本輸送機株式会社

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告等に対し別紙記載の条件による別紙記載通りの広告を掲載せよ。被告は原告両名に対しそれぞれ金五十万円及び之に対する本訴状送達の翌日より右金員完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告藤重初治郎は長年に亙り工業用機械類の新規の発明考案をなし、既に特許実用新案の権利を多数有し、殊に工業用輸送機械類の考案については独特の技術を有し多数の実績を有する者であり、原告不二輸送機工業株式会社(以下単に原告会社と略称する)は右藤重を代表取締役とし、同人との契約に基き、その所有に係る特許実用新案の工業用輸送機械類の製造販売をなす目的を以つて設立された輸送機会社であり、被告日本輸送機株式会社(以下単に被告会社と略称する)も工業用輸送機械類の専門製造販売の会社である。

二、被告会社は昭和三十一年一月頃「ニチユコンベアフオトグラフ」といふ表題の輸送機の写集並に仕様書を掲載したカタログ(甲第一号証)を作成し、その頃被告会社の支局営業所等にそなえつけ得意先に頒布しているが、そのカタログ中には(1) ドラム罐ローダー(2) ポータブルトレアームコンベア(3) ローダー(4) ダブルチエーンコンベアの四種の機械の写真、並びに能力、モータースプロケツト、チエン速度、重量等を記載した仕様書を掲載しているが、それは原告会社が昭和二十九年一月自社の製品宣伝用として作成頒布したカタログ中の(1) 特許不二式ドラム罐ローダー(2) 梱包物積揚機(3) 特許不二式ローダ(4) ダブルチエンコンベア(前記番号順に従ふ)の写真並びに仕様書と全く同一である。

三、ところで原告会社の右カタログ中の前記四種の輸送機械は全て原告藤重が新規考案をし、左記年月日特許庁に次の如き登録番号で実用新案の登録済のものである。

名称

実用新案登録番号

登録年月日

特許不二式ドラム罐ローダー

第四一〇八二七号第三四五三〇一号第二七九七七八号

昭和二九、 二、二〇〃 一九、 六、一六〃 一五、 二、 六

特許不二式梱包物積揚機

第三四五三〇一号第二七九七七八号第四一七八八二号

〃 一九、 六、一六〃 一五、 二、 六〃 二九、 九、二一

特許不二式ローダー

第三四五三〇一号第二七九七七八号

〃 一九、 六、一六〃 一五、 二、 六

ダブルチエーンコンベア

第三四五三〇一号第二七九七七八号

〃 一九、 六、一六〃 一五、 二、 六

四、被告会社が前記カタログを作成頒布した事実より、被告会社は前記四種の機械の実用新案登録公報によりその詳細な構造を探査し、之に基いて原告藤重がそれにつき実用新案権を有する輸送機械と全く同一の機械を現実に製作しているが、かゝる被告会社の行為は原告藤重の専有する前記四種の機械の製造権を侵害したものである。

仮りに被告会社が輸送機械を現実に製造しなかつたとしても、宣伝の為に頒布した原告会社のカタログよりその写真並びに仕様書の印刷を盗用して被告会社のカタログに転載頒布したものであつて、かかる行為は原告藤重の有する実用新案物品についての拡布する権利を侵害したものである。

更に原告会社は原告藤重との間に同人所有の実用新案権の実施につき委任契約を締結しておるから、被告会社の前記各行為は、原告会社が原告藤重に対して有する前記輸送機械につき製造拡布する債権を侵害したもので、所謂第三者による債権侵害行為に該当する。

仮りに被告会社の前記各行為が実用新案法に牴触せず、従つて原告藤重の実用新案権及び原告会社の債権を侵害しないとしても、同じ工業輸送機械の製造販売会社で原告会社の競争相手である被告会社がかゝる行為をなすのは原告両名に対し違法に損害を加えたものであり、殊に原告会社に対してはその信用を失墜せしめ名誉を損つたものであり不法行為に該当する。

五、被告会社の右侵害行為は次の如き理由により故意又は過失によつてなされたものである。即ち、

(1)  被告会社は原告会社のカタログよりその外形と仕様、更にその機械が実用新案として登録されておる事実を知り、実用新案公報に基きその機械の詳細な構造を探査して原告会社製作の輸送機械と同一のものを製造した。

(2)  原告会社発行のカタログは昭和二十九年一月作成であり、被告会社のそれは昭和三十年一月作成であり、又被告会社作成のカタログに印刷されておる写真並びにその傍に記載されておる仕様書は、原告会社作成のカタログの写真並びに仕様書を無断で盗用転載したものである。

(3)  原告会社発行のカタログの表紙にはモータプーリ、モータスプロケツトの見出をつけ、その傍に実用新案三四五三〇一、同二七九七七八号と印刷され、その裏面には原告藤重の名前で同人の発明考案したモータープーリ、モータスプロケツトを使用した輸送機械のカタログである事が明記されておる。

(4)  原告会社のカタログ掲載中のドラム鑵ローダ及びローダにはいずれも「特許不二式」又梱包物積揚機には実用新案申請済とそれぞれ明記されておる。

以上の様に原告会社発行のカタログを見れば、前記四種の輸送機械はいづれも実用新案登録済又は機械設備の一部に実用新案登録済のものが使用されておる事、及びそれに原告藤重が実用新案権を有し又原告会社がその実施権者或は実用新案権者との間にその製造拡布につき特約により権利を有するものである事は容易に判明するのであるから、被告もまたこれらの事実を知つており、仮りに知つておらないとしても知り得べきものである。従つて被告会社には前記行為をなすにつき故意又は過失がある。

六、原告藤重は以上の如き被告会社の不法行為により実用新案権者として専有する権利を侵害され、著しくその名誉をきづつけられ又原告会社は自社の製品が他社の追従を許さない独特のものであることにより多年使用者の愛顧を受けていたものであるところ、競争会社である被告会社の行為によりその特異な地位を疑われ、信用を失墜し、名誉を毀損され、ひいては業務を妨害されその回復に容易ならざる犠牲を払つておる。

よつて原告両名は、被告会社に対し、原状回復として、別紙記載の条件による別紙記載通りの謝罪広告の掲載並びにその受けた精神的苦痛の損害賠償の一部としてそれぞれ金五十万円の慰藉料の支払を求める為本訴請求に及んだと述べ、

被告の答弁に対し、

実用新案権は考案の形態的表現である型を支配する権利であり、その保護の範囲は登録請求の範囲に限定されるものでもなく、又請求範囲の記載欄に「型状」と記載されておるか「構造」と記載されておるかによつて定るものでもない。

又実用新案第四一〇八二七号同第四一七八八二号の各公報中の登録請求の範囲は図面と一体となるもので図面なくしては登録請求の範囲は確定され得ないし、又その図面には前記輸送機械の型が明確に記載されておる。

又、実用新案登録第三四五三〇一号と第二二八七七号は本件四ケの輸送機械に各装置され、その登録された装置を使わなければ本件の輸送機械の外型を作る事は不可能であると述べ、

立証として、

甲第一号証乃至第九号証及び検甲第一号証の一乃至四を提出し、証人松永隆、同鶴田友吉、同長田重喜、同早内利実の各証言並びに鑑定人渡辺太一郎の各鑑定の結果を援用し、乙各号証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

被告会社が輸送機類の製造販売を業とする会社であること、被告会社が昭和三十年一月頃「ニチユコンベアフオトグラフ」なる表題のカタログを作成しこれを得意先に頒布したこと、並びに被告会社作成の右カタログ中の原告主張の四種の機械の写真が原告会社作成のカタログ中のそれに類似しておること、及び右の機械に原告藤重がその主張の如き実用新案の登録済であることは認めるがその余の事実は否認する。

被告会社は前記四種の機械を製作したことはない。従つて被告会社の作成したカタログ掲載中の写真は実物を撮影したものでなく、又原告会社作成のカタログより盗写転載したものでもなく絵図を撮影したに過ぎない。元来登録された実用新案が権利として実用新案法の保護を受ける範囲は登録請求の範囲に記載された事項に限り、その記載事項も「形状」「構造」「組合せ」の孰れか一つを記載することを要すると共に二つ以上を記載することを得ない。又実用新案法第一条の実用新案の型とは物品の(1) 型状に関する型(2) 構造に関する型(3) 組合せに関する型の三種に限定され、この孰れかの型を定めなければ登録請求は出来ず、その登録請求の範囲は構造とあれば物品の構造に関して実用ある新規の型で、型状に関する型でもなく、組合せに関する型でもない。更に登録請求の範囲に示す構造と添付図面に示す構造に関する型とが一致した点のみが実用新案上の権利として保護される。しかして、原告藤重の有する実用新案登録第三四五三〇一号、第二七九七七八号は、それぞれ登録の名称が「電動装置」「コンベア駆動用電動機」であり、その登録請求の範囲は単に電動装置の構造、電動機の構造であつて、この機械を含む全体の構造でなく、従つてその外形を含まない。又第四一〇八二七号はその名称が「可動コンベア」であり、その登録請求の範囲は「受渡板片を任意の傾斜角度に変更保持せしめた構造」であり、又第四一七八八二号はその名称は「ローダー」、その登録請求範囲は「数多の円板状鎖片を順次連絡して無端連鎖を形成し両側のコ形枠内に運行せしむる様にした構造」であつて、いづれもその各添付図面全体の外形を含むものでない。

以上の如く原告藤重の有する実用新案権は全部構造に関するもので、型状又は組合せに関するものでなく、更に前記各機械はそれぞれ一種乃至三種の実用新案の構造が取入れられて一つの外形をなしており、この外形については実用新案権として保護を受けず、従つて被告会社が原告会社製作の機械と外形が同一であるものを製作し、或は之をカタログに作成したからと云つて実用新案権の侵害とはならない。更に原告藤重の有する機械と外形が同一であつてもこれに取入れられておる部分的実用新案の考案を使用しなくても輸送機械の製作は可能である。又外形は勿論その仕様書にある能力、長さ、速度等は何人にも自由に選択し之を使用して商品化することが出来る。

被告会社は未だ前記輸送機を製造したり市場に出したりしておらず、たゞカタログを作成頒布したに過ぎずこの程度の行為により原告会社の信用が失墜され名誉が毀損されるという事はあり得ないと述べ、立証として、乙第一号証乃至第四号証を提出し、証人平賀猛、同吉川一美の各証人の尋問を求め、甲第一号証乃至第七号証及び第九号証の成立を認め、甲第八号証は不知、検甲各号証は写真であることを認めると述べた。

理由

一、被告会社が輸送機械の製造販売をなす会社であること、並びに昭和三十年一月頃、「ニチユコンベアフオトグラフ」なる表題のカタログ(甲第一号証)を作成しこれを得意先に領布したこと、及び甲第二号証(原告会社のカタログ)表示の機械に原告藤重が原告主張の如く実用新案の登録済であることは当事者間に争なく、被告会社作成の右甲第一号証カタログに掲載されている原告主張の四種の機械の写真が原告会社作成のカタログ(甲第二号証)中のそれに類似しておることは被告の認めるところである。

二、原告主張甲第二号証表示の本件四種の機械の型が原告藤重の有する実用新案権の中に含まれるか否かについて争があるので検討する。いうまでもなく実用新案とは物品の形状構造又は組合せに係る実用ある新規の型の工業的な考案を云ふのであるが、実用新案が権利として保護を受ける範囲は、単に登録請求の範囲に記載された事項に限るものでもないことは実用新案が物品に表現された型に関する考案であり、この事は実用新案法施行規則第一条において実用新案の登録を受けようとする者は、実用新案登録願に、図面の外、図面略解、実用新案の性質、作用、効果等図面によつて決定される型を形態的に表現する為になされる考案の内容を示す説明書の添付を要することより窮知し得るのであり、実用新案の保護の対象は図面に示される型であつて、登録請求の範囲はその型の構成に必要な部分の補足的説明に過ぎないと解せられる。又実用新案法に規定する構造とは二ケ以上の部分からなつている物品が、現実に特定の形態的関連をもつて一体となつている場合を指称するもので、その物品の内部的構成のみを云ふものでなく、その内部的構成により必然的に現出される物品の結合的な外観をいうのであるから、請求の範囲に構造とあるからとてその外形を必らずしも含まないと云ふわけではなく、その構成部分により現出される外観が必然的なものであるかぎり保護を受けると解すべきところ、成立に争のない甲第二乃至第七号証によれば本件四種の機械の中特許不二式ドラム鑵ローダー並びに特許不二式ローダーの二種の機械については、夫々実用新案登録番号第四一〇八二七号および同番号第四一七八八二号を以て可動コンベヤー又はローダーの名称で各その機械自体の型について実用計案登録をなしている事実が認められるに反し、他の特許不二式梱包物積揚機並びにダブルチエーンコンベアなる名称の機械においては、その前同登録番号第三四五三〇一号又は同第二七九七七八号の実用新案はその構成部分たる電動装置並びにコンベア駆動用電動機のみであると認定するのを相当とし、この二種の機械を構成部分に持つ特許不二式梱包物積揚機並びにダブルチエーンコンベア自体については実用新案の登録がなされておるものと認むべき証拠なく、(証人早内利美の証言中梱包物積揚機につき登録済なる旨の証言はたやすく信用し難い)而も証人平賀猛、吉川一美の各証言によれば、この積揚機又はコンベヤーに相当する甲第一号証被告発行のカタログ中の梱包物積揚機およびダブルチエーンコンベヤーには、必しも原告藤重が実用新案権を有する前記電動装置や「コンベヤー」駆動用電動機を用いる必要なく、他社の製品を用いることによつてかかる形態を持つ機械の製作は可能であることが認められるから、原告藤重が実用新案権を有する右電動装置および「コンベヤー」駆動用電動機の結合によりかゝる型態の機械が必然的に生ずるものでもないものと認定するのを相当とする。証人早内利実の証言中右認定に反する部分はたやすく信用し難い。そうであるならば原告主張の機械中特許不二式ドラム鑵ローダーおよび特許不二式ローダーは、これら機械の型そのものが実用新案の範囲に属し実用新案法の保護を受けるのは当然であるが、登録をしておらない特許不二式梱包物積揚機及びダブルチエーンコンベア自体の型に関しては原告藤重に実用新案権はないものといわねばならない。

三、ところで原告等は被告会社が前記機械の写真をカタログに掲載している事より、同会社でその機械を現実に製造したものなること明かで、そのことは原告藤重の有するその機械の製造権並びに原告会社の有するこの機械製造についての債権を侵害したものであると主張するが、原被告提出の全証拠を徴するも被告会社が現実に右機械を製作したと認められないから、原告等主張の如く被告会社が原告藤重の専有する本件機械の製造権を侵害したとの主張は理由なく、従て又原告会社が原告藤重との間の契約上のこの機械製造についての債権を侵害したとの主張も理由がない。

四、次に原告等は被告会社が原告主張の四種の機械と全く同一の機械の写真と同一の仕様書とを掲載した甲第一号証のカタログを頒布したのは、原告藤重の有する右機械についての拡布専有権を侵害したものに外ならぬと主張するから、右甲第一号証のカタログが原告の甲第二号証のカタログの盗写によりできたかどうかの判断は後に譲り、先づかかるカタログを頒布する行為が実用新案法にいうところの拡布行為たりうるかどうかを按ずるに、実用新案権は物品に関する型の考案を実施過程として現実に有形化すること、即ちその物を製作する事が基本的な権利であり、他の実用新案権の内容をなす使用販売拡布の権利は、それぞれ実施過程を経て現実に製造された物品につき、その効果を発揮させる収益過程とも云ふべき利用方法に過ぎないのであり、これらの収益過程の権利は現実に製造された物品の存在する事が前提となつており、物品の製造なくしては、使用拡布等という事はあり得ず、従つて実用新案権として保護される権利もその現実化された物品自体につき自らこれを使用し又は他人に対価を以つて提供すること、或いはその物品自体を第三者に交付する事にある。この事は実用新案法第六条に「実用新案にかゝる物品を業として製作、使用、販売拡布する権利を」実用新案権者が専有すると規定しておる事より明らかである。従つて同条の拡布とは実用新案に係る物品を事実上第三者に交付する一切の行為を指称し、無償で贈与することのみならず、貸しつけ、広告、陳列等を含むものであるが、現実に実施過程を経て製作された物品自体についてなされる事が必要であり、単に実用新案たる型を客観化した模型や設計図、写真等についてかゝる行為をなしても、それは拡布とは言い得ない。それ故たゞ機械の型を写真にとり宣伝広告の為にカタログに作成することは実用新案法上にいふ拡布には該当せず又実用新案権として保護される範囲に入らない。従つて被告会社が甲第一号証のカタログを頒布した行為が、原告藤重の本件機械につき有する拡布専有権を侵害したものであるとの原告の主張は、甲第一号証のカタログがどうしてできたかの点を論ずるまでもなく、既に右の点において理由なく、よつてまた原告藤重の拡布権を侵害したことを前提とする原告会社の本件機械を拡布するについての債権を侵害したとの主張もまた失当である。

五、次に被告会社の行為がたとえ実用新案権の侵害に当らないとしても原告等に対する違法な行為として不法行為が成立するかどうかの点を検討する。

被告会社は原告会社が宣伝の為に作成頒布したカタログ(甲第二号証)中に掲載されておる前記四種の機械の写真と、被告会社が作成したカタログ(甲第一号証)中の写真とが類似しておる事を認めるのであるが、成立に争のない甲第一、二号証並びに検甲各号証に鑑定人渡辺太一郎の鑑定の結果および証人早田利実(前記信用しない部分を除く)同長田重喜の各証言の結果を綜合すれば、原告会社の右カタログ(甲第一号証)は作成年月日は必らずしも明確でないが、少くとも被告会社のカタログの作成頒布された昭和三十年一月以前に作成された頒布されておる事が認められる上、甲第二号証(原告会社のカタログ)に掲載されておる写真を利用して甲第一号証(被告会社のカタログ)中の写真図又は写真を作成する事が可能であると認められるのみならず、右両写真共同一原図写真(写真印画並びにその写真印刷物を含む)を基礎として作成されたものであり、甲第二号証の写真は原告会社が製作した実物を撮影したと見られる検甲各号証により直接製版引刷したと認められるに反し、甲一号証掲載の写真は、被告においてその撮影の基礎となつたと主張する絵図の存在を認むべき証拠が全くないところからみても、また前記鑑定の結果よりしても、原告会社作成のカタログに掲載された写真印刷がその基礎となつたものと認められる。結局被告会社は前記四種の機械を現実に製作する事も又その絵図も作成することなく、先に頒布されていた原告会社のカタログを入手し、これに掲載されておる写真をひよう窃し、これを原図として、写真撮影して自社のカタログに転載したものであると断定するのが相当である。

ところで現時の如く自由競争を主眼とする社会経済機構においては、何人も他人の権利を侵害しない限り自由に企業を経営し、その宣伝活動をなす事は是認されるのであるが、その用いる手段方法は社会通念により是認され妥当と認められる範囲内に存することを要するのであつて、不正又は不当なる方法によつてこれをなす事は許されないといわねばならないところ、被告会社は輸送機械の製造販売を業とする会社であり、原告会社はこれと競争関係にある同種会社であるから、原告会社が自社の製作する機械の宣伝の為作成したカタログに掲載されておる機械の写真を被告会社において盗用しその宣伝の為のカタログに転載する行為は、その機械の型が実用新案権の対象となつておると否と、或はそれをカタログに作成することが実用新案権者の拡布する権利を侵害すると否とに拘らず、各人に許容される自由競争の範囲を逸脱して不当に原告会社の営業活動を妨害し、原告会社が享有すべき正当なる営業上の利益を侵害する違法な行為と云わなければならない。しかして被告会社がかゝる行為をなす事により原告会社に何等かの損害を与えるであろう事は容易に認識し得る筈であるから、被告会社は故意に自己の違法な行為により原告会社に損害を与える可能性ある行為をしたものであるから若しこれにより実損害が生じた場合には不法行為者としてその責に任じなければならないことは当然である。

六、次に原告藤重に対する関係において不法行為の成立を考察すると、被告会社の盗用したカタログは原告会社作成にかゝるものであつて、原告藤重の作成にかゝるものでないのみならず、被告の原告会社に対する不法行為は専ら原告会社の営業を妨害することにその根拠を置くのであるところ、原告藤重個人は原告会社なる企業形態により営業活動をなしておるものであり、自ら営業をなすものでないことは、原告の主張自体明かなところであるから、被告会社の行為は直接原告藤重に対しては何等不法行為に該当するところはないと云わねばならず、この点に関する原告藤重の請求はいづれも理由がない。

七、よつて原告会社の謝罪広告および損害賠償請求の当否に入るが、被告会社の前認定の如き行為によつて受ける原告会社の損害は、若しその違法行為が無かつたならば華客より前記機械については自社に対してのみ注文がありそれを製作販売して得るであろう財産的利益の喪失、及び盗用された事による不快感に過ぎないのであり、特に原告会社に対する誹謗或いは劣悪なる類似品の製造販売等の事実の認むべきもののない本件においては、原告会社の名誉或は信用等は何等毀損されておらないと云わねばならず、又前記の不快感の如き精神的損害も、財産的損害さえ賠償されるならば、それにより治癒されるのが常態であり、結局被告会社の行為により侵害された原告会社の利益は全て財産的損害であつて、名誉信用の如き人格的利益は何等侵害しておると認められず、また彼の父祖伝来の財産の喪失とか特に崇敬する目的物の棄損の場合と異なり、本件における精神的損害乃至苦痛は、財産的損害と別に、それ自体をとりあげて問題とする程度のものであると認めることができない。従つて被告の前記原告会社に対する営業妨害の不法行為により原告会社が一定の財産的損害を被つたことを主張立証するならば格別、人格的利益の侵害せられた事を前提とする謝罪広告の掲載、及びその精神上の苦痛に対する金員支払を求める原告会社の本訴請求も理由がない。

八、以上各判断した如く原告等の本訴各請求はいづれも理由がないので失当として棄却すべく訴訟費用については民事訴訟法第九十三条第八十九条を各適用し主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦)

別紙 謝罪広告

幣社儀

今般山口県小野田市港町藤重初治郎氏の実用新案に係り同市不二輸送機工業株式会社が専用販売権を有する諸機械のカタログを模写し恰かも当社に於て製作販売しているものの如くカタログを作製、関係諸方面に頒布宣伝して貴下竝に貴社の御名誉を傷つけ且又営業上に多大の損害を及ぼしました事は誠に慚愧に堪えません。就而今後一切前記諸機械の製作販売はもとよりそのカタログの作製宣伝等総べて即刻中止いたしますと共に、既に製作又は販売いたしましたものに対しては速かに適当なる補償を行ひ又頒布したカタログは総べて当社に於て全責任を以て回収の上廃棄いたします。

茲に右項目の実行を誓約いたしますと共に新聞紙上を以て深く陳謝の意を表します。

昭和三十年 月 日

京都府乙訓郡長岡町

日本輸送機株式会社

取締役社長 藤井尚

山口県小野田市港町

不二輸送機工業株式会社

取締役社長 藤重初治郎殿

山口県小野田市港町

藤重初治郎殿

附記

一、掲載紙 日本経済新聞、産業経済新聞、日刊工業新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、各朝刊全国版

二、広告の位置及び大きさ 第一頁下部三段、幅十五チンチ

三、活字の大きさ 見出し及び社名-一四ポイント。内容文-一〇、五ポイント

四、掲載回数 連続五日間

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